田村町(たむらまち)は福島県中通り東部の田村郡に属していた町。現在の郡山市田村町地区。
このページでは、合併前の田村町と合併後の郡山市田村町地区の両方を併載する。
東北地方最大級の前方後方墳である大安場古墳が発見されるなど、古い時代から田村町付近を本拠地とする豪族がいたと思われる。 また、平安時代、坂上田村麻呂が蝦夷追討の際に守山城を築いたと伝えられる他、江戸時代には守山藩が置かれるなど、かつてはこの地域の中心地であった時代もあった。
戦前に海軍の軍用飛行場が置かれ、戦後、その跡地が郡山中央工業団地や日本大学工学部のキャンパスになり、それぞれ、郡山市内最大級の工業団地と市内最大の大学として郡山市地域の産業を支えている。ただし、工業団地は東北自動車道のインターから離れているため、市の西側にある西部工業団地に移転した企業も少なくない。ちなみに、株式上場企業である幸楽苑やアサカ理研などは、この工業団地に本社を置いている。
国道49号が通り、郡山市内へのアクセスが比較的便利なことから、桜ヶ丘団地や東山ヒルズをはじめとする住宅団地も点在する。
1929年5月10日 国鉄水郡線磐城守山駅、谷田川駅が開業する。 1955年1月1日 守山町・谷田川村、及び高瀬村の一部が合併し、田村町が発足。 1955年3月1日 二瀬村が田村町に編入合併する。 1965年5月1日 田村町が郡山市、安積郡富久山町・日和田町・熱海町・安積町・喜久田村・逢瀬村・片平村・三穂田村・湖南村と新設合併を行なう。これにより地方自治体としての田村町が消滅。